サヨナラ

あれから一週間……。




日曜日は早朝より消防団の秋演習があり、
5時前に起きて集合場所へ向かう。



まだ薄暗い。



サクサクと訓練を終えて8時半には帰宅。

ひとりで朝食を摂る。

天気も良いし、妻もアズも休みだし、
どうして過ごそうか、あれこれ思案する。


…久し振りに釣り糸でも垂れようかなぁ〜



出掛ける前に、妻はアズを連れて
祖母の家に差し入れを持って様子を観に行ってくれた。




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祖母は95歳の今も一人暮らしをしている。
お隣に住む大家さんが、あれこれサポートしてくれるお陰だ。
妻も暇を見てちょくちょく様子を看に行ってくれている。

血圧が高かったり、ヒザが痛かったりはするが、
高齢だから仕方ない面もあるだろう。

入院している訳でもなく、大きな持病を抱えている訳でもなく、
年老いてはいるが、それなりに元気に過ごしていた。

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……そうしているうちに、様子を観に行った妻から連絡。

祖母の様子がおかしいと言う。
直ぐに病院へ連れて行こうという。

私も急いで向かい、クルマに乗せて救急外来へ。





検査。






点滴やら酸素マスクやらを繋がれている。


医師の説明では、相当に悪いらしい。

もの凄く柔らかく丁寧な説明だが、
『覚悟』して欲しいとのコトバが滲んでいる。




この時点ではまだ、今朝のご飯を食べてないこと
自分でトイレに行きたい等、会話も成立していた。

それより何より、前日までディーサービースに行ったり、
普通に過ごしていたのに……。



…取り合えず入院することになる。



本人は、入院するくらいなら今ここで死んだ方がマシだと言う。



しかし段々と弱っていくカラダではもうどうすることも出来ない。




時間はお昼過ぎ。


妻は入院に必要なグッズをあれこれ買って来てくれた。


交代に私はアズと病院の食堂で昼食を摂る。


少し眠ったりして、様態は変わらない。


妻にも昼食を摂ってきてもらい、
その後二人で祖母の家に戻り、入院で暫く留守にするので
ゴミなどを片付けに行く。


私の母親(祖母の娘)は日帰り旅行に出掛けていて不在。
私等、孫夫婦しか肉親はいない。


私等も、朝いきなり出て来たままなので、
自宅に戻り片付けたり、早めの夕食に弁当をかっ込んだり…




病院に戻ると、ドンドンと容態が悪くなっているのが、
素人目にも明らかだ。

年齢からいっても回復するのは困難だろうと、
大体の察しはつく。


ただ、まだ意志を伝えようとする気力はあるし、
夕方になれば『もう、ひとりで大丈夫だから帰れ』という。


呼吸は荒くなり、目は殆ど閉じたままなのに………。





こんな時だが、私は今朝の消防団の演習の反省会が19時からあったので、
ちょこっとだけ顔をだすことに。

病院から歩いて5分程の場所だったので、直接歩いていく。

しかしこの状況で宴席が楽しめる訳もなく、
2〜3杯は飲んだが酔う訳も無く
40〜50分程で病院へ戻る。




アズは疲れて寝てしまっていた。

妻とアズを家に帰し、私ひとりで付き添う事にする。


さっきと容態はあまり変わらないが、
ほとんど意識はないように思えた。

看護士さんに『もう分からないやのぅ?』と聞くと、
『意思表示は出来ないけど、ちゃんと聞こえてるよ』と。

だが、私は声をかけなかった。


ただただ見つめるだけしか出来なかった。




21時になる頃、そろそろ面会時間が終わるので、
一晩付き添うなら個室に移ってくれと言われた。

私は直ぐに移して欲しいと願いでて、個室へ移動する。



おそらく、もって1〜2日だろう。

っていうか、この状態が1〜2日続くのも偲びない。

いや、一晩持つのかな。



ただただ見つめているしかなかった。




22時頃になり、ようやく母親が戻って来た。

私は母親と交代し、一旦家に帰る。



入浴を済ませ、支度をしてもう一度病院へ戻ろうとした瞬間、
病院から電話があり、もう呼吸も弱まり血圧も低下しているとのこと。


急いで向かったが、私が着いた時にはもう呼吸を止めていた。


23時半。死亡確認。




前日まで普通に過ごしていたのに、入院してわずか半日。

あっと言う間に逝ってしまった。



長患いしたこともなく、老人介護に手を焼かせたこともなく、
死ぬ直前まで思いっきり『生』を生き切った。


大往生だったと思う。






天気の良かったここ数日。

火葬、通夜、葬儀とあっという間に過ごし、
一昨日からは、もう普通に生活している。


あっと言う間の一週間だったし。

もの凄く長い一週間だった。




バァちゃん、95歳までホント頑張ってきたなぁ〜


最後に、アズに『人の死』っていう、
最大で最高の教育をしてくれたと思ってる。

オレもアズと同じくらいの歳に、曾祖母の死を見た記憶が
ずっとあるもの。



オレぁ、小さい頃ずっとバァちゃん子で、
実の親よりも長い時間を一緒に過ごしてきたのぉ〜


小さい頃の記憶を手繰り寄せれば、
バァちゃんとの記憶ばっかりだぁ〜


まず、天国で元気にしてくれっちゃのぉ。


素敵な戒名もらって良かったのぉ〜




せば、まんずんのぉ!
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by ks-drive | 2010-10-23 19:12 | 雑記


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